リミックスコンテストに応募するまで

追記情報
  • 2023年12月20日
    特設ページのリンクを掲載しました

またお会いしましたね。こんばんは、aurorancerです。BackspaceKey Advent Calendar 2023、1枚目の17日目は私が担当いたします。大変長い記事となりますが、お楽しみいただければ大変光栄です。

皆さん、インターネット老人会していますか?XのことをTwitterと呼んでしまったり、Windows XPのピンボールで時間を溶かしてしまったり、お絵描きBBSで黒歴史を作ったり。近年のサブカルチャーにも、どこか「懐かしさ」を彷彿とさせるような作品や事象が増えているようで。そんな中、あの電波ソングとして名高い「巫女みこナース・愛のテーマ」が20周年を迎えました

今回は、20周年記念として開催されたリミックスコンテストに応募するまでのお話をしたいと思います。専ら、応募楽曲について暑苦しく語る内容です。クソデカセルフライナーノーツのようなものですね。

ライナーノーツ

その曲の解説文。ジャケット付録の冊子に書かれていることが多く、音楽評論家やコラムニストなどが寄稿する。今回は編曲者自らが執筆するため、セルフライナーノーツと呼ぶ。

なお、完成した応募曲はSoundCloudおよびMisskey.ioにデモ版として投稿しています。後者は音楽制作ソフトウェアで再生している様子を動画にしています。歌詞にNSFWが含まれますので、視聴の際はご注意ください

NSFW(クリックもしくはタップで展開します)

出会いはいつも突然

それは、柏木るざりん様から発せられた衝撃の内容でした。

巫女みこナース・愛のテーマといえば、やはり強烈な歌詞と中毒性の高いメロディが特徴です。MADフラッシュやドワンゴのコマーシャル、はたまたニコニコ動画やYouTubeで知ったという方もいらっしゃるでしょう。しかも、作編曲者である柏木るざりん様が直々に主催を務めるということもあり、私の創作意欲は最高潮になりました

気づけば、特設サイトにあるボーカル音源をダウンロードしていました。衝動的ですが、こういうものは善は急げです。

制作開始

動き始めたのは2023年6月下旬。制作工程は以下の通りです。

耳コピ
任意の楽曲から楽譜などをコピーする
編曲
メロディ以外の楽譜や楽器、構成などを制作する
ミキシング
すべての楽器を混ぜ合わせる
マスタリング
マスタートラックを調整する

耳コピ

耳コピとは、任意の楽曲から楽譜もしくは音色、あるいはそのどちらもコピーする工程です。東方アレンジなど、作曲者から明示的な楽譜が提供されない二次創作作品を制作する場合に必要です。今回はボーカル音源とカラオケ音源の2ファイルが提供されたため、それを基に耳コピしました。

やり方は様々ですが、相対音感と提供された音源の周波数分布を頼りに耳コピしました。この方法のデメリットは、技量にめちゃくちゃ影響されるところです。

画面右側に表示されているものが、FL Studioに付属しているWave Candyというビジュアライザーです。これに表示される周波数分布を見て気合で何とかします。スペクトラムモードにすると、周波数とその周波数に対応した鍵盤のイラストが表示されます。メロディはこれで問題ないのですが、ベースなど聴き取りづらい楽器はどうするのでしょうか

小節の頭に発声される音程を基準に、スケール(音階)に合わせて「なんとなく」耳コピします。スケールとは、ここでは「特定の音程を集めたハッピーセット」と思っていただければ十分です。設定したスケールによってメロディとベースの音程が決定するのですが、そうとは限らないケースがあります。こういった、いわゆる「楽典」を真面目に勉強してこなかったこともあり、感覚だけを頼りに制作するスタイルになりました。

白っぽい背景が今回使われた音程です。これもゴリ押しで、音が鳴らないチャンネルを用意し、そこにスケール表示用の譜面を配置しています。残酷ですね。

このように、私の方法はとても非効率です。この工程で3時間ほどかかりました。もっと良い方法があるはずです。例えば、作曲者に楽譜データを送ってもらうなど。え?もうそれは耳コピではない?

さて、次の工程に進みましょう。

編曲

編曲工程です。アレンジングとも言います。作曲とは異なり、メロディ以外の楽譜を生み出します。それだけではなく、楽器や構成も決めていきます。かなり大がかりな工程です。

まず、BPM(テンポ)を決定します。ジャンルはハードコアにしたいのと、原曲が電波ソングということもあり、BPMは原曲より少し速い170BPMに設定しました。このように、BPMはジャンルの相場を見て決定することが多いです。例えば、アップリフティングトランスは138BPM、サイケデリックトランスは145BPMほどです。

次に、楽器を決定します。私自身、ハードコアで使われる楽器や構成などの知見を持ち合わせていなかったので、他の方の力をお借りしました。MKさんのジャンル別解説動画です。

完全に実践できなくても、最低限使われている楽器さえ抑えておけばそれっぽいものが作れるはずです。おそらく。普段制作するジャンルの関係上、シンセサイザーとパーカッションを多用します。ハードコアでも同じような楽器で制作できるかと思い、ドラムと効果音はトランス用のものを、リードシンセやベースなどは新規に音色を制作しました

ほぼすべてSylenth1です。昔から使っているのもありますが、音がトランスやハードコア向けなので愛用している感じです。

最後に、構成を決定します。楽器の展開方法や楽曲全体のメリハリを表現します。たくさん語りたいことがありますが、特にこだわった部分を以下に挙げます。

サビのフィルインにギミックを入れる
「イケナイ秘密A to Z / I need you」など
間奏を原曲より長めに取り、その代わりにリードシンセを目立たせる
頑張って制作したリードをもっと聴かせたい
核となる部分は速度変化などを取り入れてカオスさを表現する
ラストの巫女みこナース連呼部分を特徴的に

各項目について説明します。

サビのフィルインにギミックを入れる

原曲ではリズム隊のフィルインでした。原曲をリスペクトしながら斬新なことはできないかと考え、リズムは崩さず、ある音色のキックから別の音色のキックに切り替える手法を取り入れました。

例えば、Massive New Krewさんの「Idiot」が参考になります。キックの音色が変化しています。

Hommarjuさんの「Moe Chaos」も良い例ですね。7秒の無音がありますが、これは仕様です

間奏を原曲より長めに取り、その代わりにリードシンセを目立たせる

間奏が短いとボーカルの後ろで鳴っているリードシンセの出番がなく、曲全体のバランスが保てないという問題がありました。最低1フレーズはボーカルなしのメロディがあると良いと考え、そのためのスペースを違和感なく空けることにしました。

核となる部分は速度変化などを取り入れてカオスさを表現する

やはり、原曲の核となる最大のカオス地帯をもっとカオスにしたいですよね。1つ目のこだわりポイントで使った別の音色のキック(通称「Rawキック」)を取り入れ、さらに速度変化もつけました。これによって、カオスさも増して破壊力満点のサビになりました。ついでにマシンのCPUリソースも破壊しました。やったね!

速度変化のたびにオーディオデータのストレッチング(BPM追従)を再計算しているため、徐々に変化するようなオートメーションを設定すると、CPUのリソースを食いつぶします。最悪、音楽制作ソフトウェアがフリーズするので、あまりやらないようにしましょう。

この工程で15時間ほどかかりました。楽曲全体の長さに比例して制作時間が長くなるというものではなく、単純に考えなければならない箇所に比例して制作時間が長くなるイメージです。もっとも、ハードコアやトランスなどといったジャンルは一定のパターンで繰り返すことが多いため、それに特化したFL Studioは他の音楽制作ソフトウェアに比べると特異です。

ミキシング

ミキシングはすべての楽器を混ぜ合わせ、最適な状態に導く工程です。エフェクターを使って音源の調整も行います。本当は楽器ごとに解説したいのですが、30日間連続で記事を出すことになってしまうので、かいつまんで説明します。なお、これらはあくまで私の手法です。

ボーカルのコンプレッサーは強めにかけました。コンプレッサーとは特定の音圧を超過した際に、その超過分の音を圧縮して全体の音圧を平滑化するダイナミクスエフェクターです。FL Studioには最初から優秀なコンプレッサー、Fruity Limiterが付属します。Fruity Limiterは波形として表示されるので、最初のうちはそれを使うと良いです。最近はWaves C1 Compressorを使うようになりました。他にも、イコライザーとディエッサーでラウドネスを調整しています

リードシンセのリバーブは深くし、発音から数秒はその効果を効きづらく(サイドチェイン)しました。Melting ReverbというFL Studio専用のプラグインです。効果の割合や響き方、残響の深さなどが設定できます。しかも、このパッチは無料で配布されています。感謝しながらもらっときましょう。Xfer OTTはDTM界隈ではおなじみで、これを挿すととげとげしい音になります。

マスターがすべての楽器が混ざったトラックになります。この時点でクリッピングしていなければ問題ありません。クリッピングしているか否かは、ピークメーターというビジュアライザーを使って確認します。Peak -6.0dBFSを目標に各楽器のボリュームを調整します。ラウドネスメーターでダイナミックレンジの確認もします

この工程で推定6時間ほどかかりました

マスタリング

いよいよ楽曲制作の最終工程です。ミキシングの最後にお話した、マスタートラックの処理を行うのがマスタリングです。

基本的に、アルバムに収録される楽曲すべてを特定の方がマスタリングします。理由はアルバムの統一感を出すためです。アルバムを通しで聴くとき、音圧レベルにバラツキがあると聴きづらいものです。マスタリングはこういった問題を解決しつつ、どのような環境でも最適な音圧レベルを確保するという、とても大変な作業です。マスタリングエンジニア、すごすぎる。

今回は先方が依頼したマスタリングエンジニアさんが作業することになっており、募集要項には「マスタリング前のデータをいただけると嬉しい」とありましたので、実際には2mixファイル(マスタリング前の最終ファイル)をお渡しします。楽曲制作者が「こんな感じでマスタリングしてくれると嬉しい」と、マスタリング制作者に指示するという意味でお渡しすることもあります。

マスタートラックに様々なエフェクターを付けて処理します。私がよくやる挿し方は以下の通りです。

ハーモニックエンハンサー
倍音を調整する
イコライザー
特定周波数を調整する
マキシマイザー
音圧を調整する
リミッター
ピークの超過を防止する

ポリシーとして劇的に音を変えるのではなく、音の粒をそろえながら音圧を高くします。目標となる音圧はジャンルによって様々で、クラブ音楽は音圧が高い傾向にあります。

こうして完成したプロジェクトファイルはレンダリングされ、皆様ご存じのWAVファイルやAIFFファイルなどになります。

納品

ついに納品です。納品というと仰々しく感じますが、やることは簡単です。指定された方法で楽曲データを共有するだけです。私はよくDropboxを使います。というか、それぐらいしかDropboxを使う機会がありません。毎回操作方法が変更されて見えるのは、年に数回レベルでしか使わないからでもあります。

納品するデータは以下の通りです。

説明ファイル
格納ファイルの説明や楽曲情報などをまとめたファイル
曲名、編曲者名、ジャンル名、基本BPMを記載する
2mixファイル
マスタリング前の最終ファイル
詳細が募集要項に記載されている場合は、それに従ってレンダリングする
マスタリングファイル
マスタリング後の最終ファイル
これは任意ではあるが、制作者がマスタリング制作者に指示するために納品する場合がある

基本BPMを記載する理由として、マスタリングでオートメーションを設定する際に、楽曲に合わせてグリッドできるようにします。しかし、マスタリングエンジニアがこの情報を利用するか否かは分からないので、あってもなくても良いです。

納品が完了しました。あとは結果を待つのみです。

そして、採用楽曲発表

2023年12月上旬、私宛てにメールが届きました。

漏れた言葉は、「もっとより良くできた」

応募楽曲を納品してから採用楽曲発表までの期間が長いと、その間に何度か応募楽曲を聴くことがあります。応募するときは一番良い曲ができたと思っても、後々聴いてみたらそうでもない、というのが本当によく起こります。この現象に名前ってあるんでしょうかね。

結果は採用でした。こう言っては何ですが、ハードコアは前名義(約8年前)以降作ってなかったので、自信はまったくありませんでした。しかし、こうして評価していただけたので「ああ、あの時応募して良かったな」と思う今日この頃です。

収録アルバムについて

当楽曲はコミックマーケット103「柏木るざりん屋」(2日目東W25a)でお披露目されます。他の方の楽曲も素晴らしすぎて、最近はこのアルバムばかり聴いていたりします。ぜひ、この機会をお見逃しなく。

特設ページが公開されました!アルバム情報やデモトラック、イベント頒布価格などは、以下のリンク先にてご確認いただければと思います。25曲の巫女みこナース・愛のテーマをご堪能ください

最後に

昨日、「みこ☆デンパ」というDJイベントがありました。題名でお分かりの通り、巫女みこナース・愛のテーマ20周年記念CDのリリースイベントです。1時間に最低1回は巫女みこナース・愛のテーマが流れる、いろんな意味ですごいイベントでした。俺得電波ソングもたくさん流れ、とても幸せになりました。どうやら第二回も?もしかしたらやるみたいなことをおっしゃっていましたので、そちらも楽しみですね。

創作活動を細々とやっている私ですが、やはり作品が世に出る瞬間は高揚します。早川さんアドベントカレンダー Advent Calendar 2023で紹介した創作活動を始めるきっかけの曲が無ければ、こんなにも音楽にのめりこむことはなかったと思います。Rinfield大先生に感謝し、作品を聴いてくださる皆様を大切に、そしていつか皆で「ありがとう」と言い合えるようになっていきたいです。

以上、発表の機会をくださったBackspaceKeyのかなる様とその関係者様、そしてばすきー住人の皆様に感謝の意を。明日は寝々間谷(ねね)様紅葉屋カイリ様プラズマ化したプリン/Minoru HAMANO様が担当されます。お楽しみに!